それから15年の月日が流れ,毎週のようにスプーンのキャスティングで芦ノ湖に通っていた。たまたま友人とレイクトローリングに出かけた時,目の前でアワビ貼りスプーンの威力をまざまざと見せつけられた。その日から,アワビのことが頭から離れなくなり,どうしても自分の手で作ってみたくなった。これがBACELL(バッセル)のシェルスプーン開発のきっかけである。その意味では,バッセルも,これまでのコーナーで紹介されていた他のルアーなどと同じように,芦ノ湖から生まれたと言っても過言ではないだろう。それからというもの。わたしと貝の闘いが始まった。何十回,いや何百回貝を削っただろうか,それでもちゃんと泳ぐスプーンはほんのわずかだった。私に与えられた課題は,なんとかしてスプーンのカーブに合わせて貝を貼りつけることだった。しかもスプーン本来のアクションを変えないでである。
そこで貝を両面から削ってみたが,その作業は気が遠くなるほどで,試した方はおわかりと思うが,なんともいえない臭いと粉塵との格闘である。その後も試行錯誤の繰り返しで,貝という貝は手あたりしだいに削ってみたが,迷路にはまった子供のようで,納得のいくスプーンはできなかった。
 

 そんな折り,たまたま親戚の家に遊びに行った時,ようやく迷路脱出の手がかりが見つかった。その家はハンドメイドギターの工房で,今まで気にも留めなかったギターのホールとネックを見た時「これだ」というひらめきが脳裏をよぎった。一本50万円はするというハンドメイドのクラシックギターには,いたるところに怪しく光る貝が散りばめられていた。伯父にギターに貼る貝の材料を無理矢理ねだってわけてもらい,喜び勇んで家へ戻った。材料は解決したのだから,後はスプーンの形状である。幸い私の家は精密機械の加工業を営んでいたため,プレスの金型の製作はそれほど難しいことではなかった。現在では当たり前のことだが,コンピューターと流体力学で数カ月の間に何種類かの型を作り出すことができた。
その中の一つが現在のS-50m/m5gの原形である。型ができたところで,次なる問題はベースの厚みである。0.1m/m刻みに板厚を変え,スプーンの命というべきカーブとカップの位置を決めた。一つの原形でも厚みとカーブを変えるとまるで別の物になってしまうのがスプーンの奥の深いところだ。
全部のバランスがとれたところで,ようやくスイムチェック。そのためにドラム缶を縦に割って溶接で連結し,10mの水槽を作った。スプーンのフォール具合のチェックは,毎日風呂場で行った。そうしてできたシェイプを持って,ようやく芦ノ湖でフィールドテストの運びとなった。
 フィールドテストでは,私の恩人でもある元箱根ノザキボートの野崎茂則氏に多大なる協力をいただいた。野崎さんには,長年の経験と実戦で培われたノウハウを惜しげもなく教えていただき,それはスプーン作成に大いに役立った。バッセルのシングルフックは野崎さんの設計であり,トリプルフック全盛の時代の中,バッセルの貴重な特徴となった。その後,製造特許の申請,商標登録を済ませ,1985年の3月,ついにバッセルスプーンがデビューした。最初のラインナップ0.8g〜5gの5タイプで,カラーは8色,全80タイプのバリエーションだった。お陰様で発売と同時に多くの方からご支持をいただき,製造も間に合わない状態が続いた。開発者としては光栄の至りである。その後,メキシコ貝を使ったタイガーシリーズ,トローラシリーズとラインナップし,最近は管理釣り場専用のエリアパッションと専用ルアーケースをリリースした。今後も常に品質に留意しつつ,新たなシェルスプーンの開発にいそしみたいと思う。